遠く
相川徹也さんの絵・・・遠く
文 ことのは 宇田川 靖二
相川徹也さんはイラストレーターである。
「遠く」というタイトルのついた絵がある。(←)
この絵は俳句といってもよい。
文字はわずかに二つ、ひらがなでも三つである。
俳句の、十七文字のうち、十四文字は絵といれかわった。
「五・七・五」の俳句のリズムは、絵の内側にかくれてしまった。
省略してゆくという意識がこのように働いた。
そして、いわば口語体による作句なのだ、と譬えることができよう。
遠くを観る、
遠くへ視線を投げる、
ということが気になって、すこし昔を思い出してみた。
山のあなたの空遠く・・・。 (カール・ブッセ)
遠山に日の当たりたる枯野かな。 (高浜虚子)
空遠く秩父の山の雪見えてわが思うことすこし寂しき。(吉井 勇)
少年の頃に親しんだ詩の類が、すぐに懐かしさと一緒に浮かんできた。
誰もが、何かを観たいと思いつつ、不安のうちに日々を過ごし、そしてそこで必ず遭遇したのだ。
その、誰もが観た瞬間が、微妙な短さで切り取られた。
私達が「遠くを観たい」「遠くを聴きたい」という願望を抱いた、その初源というのは、きっとこの頃のことなのだろう。
私達は、数千年前の、遠い聖人の話をまだまだ聴きたいと願っている。
彼らが数千年後の遠い私達に向けて語っていたからだ。
私達は「もっと遠くを・・・」と、いつも考えて来た。
恐らく、最も身近な自分の身体の中に起きていたドラマは、やがて遠い彼方の風景に、簡略に切り取られるようにして定着された。(↓)
透明な風が、
この絵の右手の彼方へと、
かすかに姿をなでるようにして消えて行った。