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松木義三さんの絵





「子供の時間」 194×390cm
(2011)

松木義三さんの絵
文 ことのは 宇田川 靖二


1、
2011年、国立新美術館で、新制作展の 松木義三さんの絵を観た。
油彩画の大作であった。
イメージを得、大きな油彩画面に配置を構成し、しかし真っ直ぐなテンポで仕上げられた作品であろう。
子供の世界により近づこうとした、暗い色調が印象的である。

この作家は、長年教職にあったからであろう、子供を主なテーマにしてきた。
そこで、絵にどのような「基礎的視線」が隠れているのか、ということを考えてみることにした。


絵の子供達の姿は、画面上に、しばしば、倒立状態で現れる。
単独ではなく、何がしか小さな集団をつくっていることが多い。
それが、私達に、子供達が成人とは別の世界に居るもの達なのだ、ということを認識させる。
その小集団とひとりの子供が微妙な距離をつくっている場合もある。
諸問題に圧しつぶされまいとしている、孤独な少年少女がつくる間合いもまた不思議な生き物のようだ。

外側の世界の、個に対する巨大な秩序が、作家には見える。
自分もまた、悩みをかかえた多感な少年時代、謂わば外の世界以前の内側の、「主観的と呼ばれている、心身時代」を過ごしてきたことを自覚している。
しかし、すでに、自分は彼らの年齢時期をとおく出てしまった。

作家の認識は、子供達と近いところに距離をとろうとしつつ、当然にも、社会的な生き物の構造的な謎を志向している。

そして、外側の巨大で不気味な秩序に対峙するわずかな隙間を、かすかな暗闇の向こうにうかがっているかのようだ。

一体、どのようにして小さな心身が、現在の自分のように、
巨大な「客観」を描き出す視線を獲得するに至ったのであろうか?
あるいは、獲得してしまったのであろうか?
その過程において、得るものと、失うものとの相克という「個人史」は、一体「個人詩」に転化することができるのであろうか。

2、
子供達は、いつの頃からか、背後に或る大きな存在を強く意識する。
その巨大な存在は、「世界を見渡すことができる力を持った存在」である。
それが、子供に近いところに居る教師達にとっては、特に生々しく、実感されるのだ。
巨大な力とでも言うべき存在を捉える視線は、どのように形成され、そして形成される必然性をもっているのであろうか?

私たちが生まれ落ちた時、私達の視線が見たのは、ただ白い光(影)であった。
私達は生物の個体として、身体の内側から外側へと「一方通行」の視線で前進しようとする。
私達の初めは、そういう「一元的な」視線であったであろう。
まだ視線とも言えないレベルなのかもしれない。
背後から抱かれていた赤児の私は、まだ母親と対峙してはいない。
むしろ<私>は、いまだ「私」の「孤独な」視線をもってはいない。

ただ、私の諸要求が拒否されてくると、そこに<私>とは異なった存在、私にとっては「対象」となる存在(世界)が出現してくる。
心身は自分の「孤立」を準備する。

そして、おぼろげながら、人の姿が現れる頃、母親の顔に代表されたであろうように、「対面の視線」が確定してくる。

「対面の視線」とは、相手が「左右反転」した姿で私の前に現れる、ということである。
こちらを向いているその相手の顔は、背中を向こう側に向けている。
<私>に対しては、その背中を隠している。
従って、「表裏・二元論」の視線が完成したのだと言ってもよい。


* 鏡像は「左右反転」しているのではない。
鏡像は素直に自然の光学(一方通行)に従っているだけであり、鏡は「左右反転」などと器用な作業をすることはできない。
人と人とが相対する、それが私たち生き物の日常である。
それはお互いに「左右反転」して(相撲の力士相互のように)相手に臨むことを意味する。
この「左右反転」が日常の基礎イメージとなっている。
それは、最初の「一方通行」の自然的光学の視線に対して、謂わば「幻想した!」のである。 
私たちは、この「左右反転」の「対面幻想」の視線をこそ、「(日常的には、幻想ではなく)基礎的なものだと錯覚する」。
従って「反転幻想を基礎に」しながら、(自然光学的)鏡を覗き込むことになるのである。
その結果、鏡像の方が「反転している」と思ってしまうだけである。
   

3、
やや時がたって、人の社会(性)は、容赦なく子供達の前にたちはだかって来る。
先ずは、家族の中に緩やかで小規模な「規範」を滲み出してくる。
それは、後年、謂わば「(社会)契約」として確定する視線である。

その視線の構造の例として、(極大になってしまうが)「国家」をあげてみよう。

 国民AとBが、契約して、「国家(権力)C」を作ったとしよう。
 国家(権力)の主体者(代表者)Cは、AとBとを見下ろす(俯瞰する)立場にいる。
 国王とか、大統領(総理大臣)などがその立場にあるとイメージできる。
 AとBとは、反対に見下ろされる(俯瞰される)立場になる。
 そして、AとBとは、同質の存在(国民相互)である。

私たちが、子供の頃のどこかで出会うこの「規範的・契約的構造」を孕んだ視線が、私自身をその内側に含む世界の、「客観性」というイメージの産みの親である。

この視線(俯瞰視線=普遍視線)が確立すると、私達が、「主観・客観」のイメージをつくり上げる、そのことに拍車がかかる。
Cは世界を見渡す客観の場所を根拠づけ、同一世界内部にあるAとBは見渡される主観を根拠づける。
AとB(主観)がCを直接うごかすことはできない。
(媒介的な手続きを経ないとCの権力を変化させることはできない。)
こうして人々は「客観的・主観的」な世界の存在を確信しあう。

子供達の世界は、このように大人達にとって客観的に位置づけられることになり、その内的世界は「主観」の場所というように、描き出される。
日常的に実感されるその確信は(「主観」の下層において作り出され)強固なものになる。

勿論、この「主観・客観」は、次の二つの意味で「幻想」である。
①一つは、「主観・客観」は「観念的な存在」の世界であり、実体(=物質)の世界ではないのだ、という意味において。
②もう一つは、「規範・契約」の視線を土台にした解釈の世界であり、結局「不可能を可能に超越描写する」ことができる世界なのだという意味において。
しかし、そして、しかも、人はこの幻想内部に組み込まれ、その幻想を生きること、それを避けて通ることはできない。
だから、詩を描く意志は、「隠されている存在の認識、幻想の認識、それらを明るみに取り出そう」という性格をおびている。

「主観・客観」の俯瞰視線(=普遍視線)が、出来上がってくる途中で、様々なる個々の肉声たちが、意識の地下に(「主観」の地下に)うずもれてゆく。
子供たちの心身は、日々うずもれた声を「主観の下層」に堆積している。
そのなかから、かすかに湧きあがってくる「声」が、「主・客」を越えようとする「詩」の衝動である。

子供たち、あるいはかっての子供たち、すなわち詩人達は生き延びようとし、そして、教職にあったものは、見届けようという誘惑の場所に追いこまれてしまう、そんな道をあえて選んでいるかのようだ。


1948 北海道旭川市生まれ
1987 新制作展 初入選
1989 個展 櫟画廊(以後14回)
2005 多摩秀作美術展 大賞受賞
   新制作展 新作家賞受賞
2009 新制作展 新作家賞受賞
2010 新制作協会 会員推挙

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